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 トップ > 治療に関わる方のために > コラム:第4回「研究開発の運、不運」

治療に関わる方のために
コラム

[ 第1回:どんぐり異聞 ]  [ 第2回:すねの傷]  [ 第3回:基礎と臨床の攻めぎあい]

研究開発の運、不運

ホテルのパーティ会場からは、ボルティモアの港が一望のもとに見渡せる。

真中に水上タクシーの発着場、右手にはレストラン街、そして左にはボルティモア御自慢の水族館がピラミッド型に聳えている。それにしても今回のアメリカ創傷治癒学会、ヨーロッパと合同のわりには参加者が少ないなと会場内を眺めていると、グラスを手にして、マーティン・ロブスンが近寄ってきた。

「やーしばらく。景気はどうだい?」

「日本の景気は最低だが、例のやつは上々だ。そしてお宅は?」

「わが国の景気は上向きだが、例のやつはFDAがわからんちんで、困っとる。」

例のやつとは、科研製薬発売のフィブラストスプレー、つまりbFGFのことである。アメリカで誕生したこの細胞増殖因子、FDAの認可が取れぬうちに日本での発売が先行している。

「外圧をかけてくれんかね、日本からFDAへ。」

ロブスンは半ば真顔である。

アメリカ創傷治癒学会の大物である彼が、当時カルバイオ(現サイオス社)が開発したbFGFを引っさげて日本に売り込みに来たのはもう10年以上も前のことだった。まだ、増殖因子がやっとバイオテクノロジーで量産されるようになり、その創傷治癒の応用が検討され始めたばかりのころである。線維芽細胞を活性化するので、褥瘡や難治性下腿潰瘍などに効くはずだという触れ込みである。

先見の明がある科研製薬は、社運を賭けてこれと取り組むこととなった。莫大な費用と、膨大な治験施設の協力で、無事治験申請もパスし、去年からフィブラストスプレーとして発売開始されなかなか評判がよい。新薬の効能判定の基準は、表向きは治験のデータ解析によるが、実はもっと確実な判定法がある。それは治験の現場の意思の個人的な感想である。彼らの手応えがよければ間違いない。彼らがだめといえば、データがいくらよくてもだめである。反対に、治験が終わり審査段階に入ると、審査結果が出るまでは治験薬は使用できないが、そのときもぜひ使わせてほしいと現場の若手が言い出せば、よし、である。フィブラストスプレーの場合はそれだった。

ところが、御本尊のアメリカでは、効能が確かでないとして、FDAが認めようとしない。

何故か?答えは治験薬の濃度設定にあった。

当初、ほとんどの開発者が投与するbFGFの濃度を高めれば高めるほど、傷の治りが早くなると予想していた。ところが、実際には用量の高いところで効果が下がるという結果が出た。詳細にデータを解析した結果、ある程度までは濃度が高まるにつれて効果は上がるが、それ以上の濃度になると効果は下がること、つまり濃度と効果の関係が"ベルの形"になっていることを見いだしたのだ。そこで開発グループは、投与量を思い切って0.01%にして連日投与する形で臨床試験を行った。これはサイオス社が行った0.05%もしくは0.2%という濃度に比べると相当低い濃度であったが、臨床試験においては4週間と非常に短い期間にもかかわらず治癒改善が認められている。

わずかの差が明暗を分けたといったら大袈裟かもしれないが、これも開発研究の運、不運の一例といえる。

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